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大東亜戦争、こうすれば勝てた |小室 直樹 /日下 公人

大東亜戦争、こうすれば勝てた大東亜戦争、こうすれば勝てた
小室 直樹 /日下 公人
講談社 刊
発売日 2000-11
価格:¥924(税込)




「何で負けたのか」を考えない日本人・・・ 2006-08-29

【あの日下さんとの共著だから期待しないわけにはいきませんね。こんな興味深い対論は滅多に有りませんよ。どんな言葉のキャッチボールになるのか大変楽しみ。】

 軍人は「戦に勝つ事が仕事(使命)」のはず。
 なのに勝つ事よりも「負けをいかに綺麗に見せるか」しか考えてないなんて(軍人失格!!こんな連中に戦争を任せた)・・・もうここまでくると、根本から間違っている。だからやる事なすこと裏目に出る。
 さすが小室さんですね。切れ味鋭い。この本は子供にも分かりやすい。「どうすれば戦争に勝てるか(負けないで済むか)」が分かるように書かれてある〔敵を知り、己を知れば百戦危うからず・・・〕。
 そもそも戦争とは「(やるからには)勝たねばならぬ」もの。
 なのに日本人ときたら結果(目的)無視!過程(手段)にばかり目が向けられて(これは結果責任が問われないからそうなる)・・・そのうち目的と手段が逆転して(綺麗に戦えば負けても許してもらえるから)「綺麗に戦ったんだから負けてもイイ」というトンでもない理屈になってしまう。こうして本来の目的(勝つこと)がどこかへ忘れ去れてしまう。先の大戦でも実際は「古今未曾有の大敗北」なのに、「特攻」と「玉砕」でそれを少しでも綺麗に見せようとした。よく「必勝の信念」と言われていたが、「信念だけでは勝てない」のである。例えば、相手がマシンガンで向かってくるのに、こっちは竹槍で戦うようなもので、これでは「幾ら必勝の信念があってもね・・・」と思うでしょ。「敵を知らず、己も知らない」といったところか・・・信念(観念)ばかりで現実を見ちゃいない。
 負けは負けなのに(「過ぎたるは及ばざるが如し」で、負ければ最初から何もしなかったのと同じ)、その負けを少しでも綺麗に見せようとする小賢しさ、醜さ、ズルさ。それが先の大戦には多く見られた。特攻にしても玉砕にしても、それがいかに無益な戦法であったかよく分かる。「特攻」など精神論に突っ走った結果で、実際効果としては殆ど見るべきものがない(飛行機で突っ込むと傍目には華々しく見えるが、実際効果としてはタダ甲板に火柱を立てただけで、中には影響が殆ど無い・・・とか)。この「特攻」にしても、「美名」に隠れて実は殆ど効果が無い・・・これでは死んでいった人達が余りにも可哀相。上層部の保身のために嘘教え込まれて死んでいったようなもの(「鬼畜米英」と教え込まれて捕虜になる事を恥と思い込んで死に急いだり、特攻がいかにも効果があると嘘教え込まれてまた死に急ぐ・・・)。あの戦いが悲惨そのものであるということがよく分かる。 
 とにかく、戦争は(やるからには)勝たねばならぬ・・・この大原則が日本人にはよく分からないようだ。それは日本人があまりにも恵まれた環境(失敗しても許してもらえる)のもとで育ってきたからだ。その「自分達は世界的に見てもとても恵まれている」という事実をとうの日本人自身が知らない。その事を先ず知るべきだし、「戦争に負けたら世界ではもっと悲惨。」ということも知るべきでしょう。
 それにしても現代の日本人と、この戦争当時の日本人の精神構造が似てませんかね。勝負事、経済云々で勝つ事よりも「いかに努力したか」にばかり目が行きがちだからです。確かに努力は大切ですが、こと戦争に限って言えば勝つ事のみ求められる。幾ら綺麗な戦い方しても負けたらモトモコモありません。戦後の事など勝ってから心配すればいいのであって、まだ勝ってもいないのに戦後の心配をするなんてナンセンスですよね。
 あと、とても勝てそうにないと判断すると「負けた時の言い訳作りに終始する」当時の日本の指導者たちにはガッカリします。ま、その人達に任せたのは一人一人の国民なんですけどね・・・
 天皇制云々にしたって、日本は形式的には「議会制民主主義」の国ですよ。独裁国家ではありません。そこでいかに天皇との整合性を保つかというと「君臨すれども統治せず」です。つまり「君臨して良いけど、口出ししちゃダメよ。」ってこと。つまり天皇はそういう存在なのである。偉そうに見えるけど、実際は口出ししちゃいけない(言いたいことが言えない)ことになってる。その代わり結果責任は負わなくていい。日本は議会制民主主義の国だからこそあの戦争時、天皇自身は開戦に反対だったけど議会が承認したから天皇は渋々追認するほか無く、しかもその戦争は国民がし始めたくせに、ケリを国民が着けられなくなった。そして一億総玉砕になりかけたところに「このままでは国が滅びる」と思った天皇が「もう止めろ。」と指示した。だから日本人はやっと戦いを止める事が出来た(口実が出来た)。
 あの時もし天皇が「止めろ」と言わなければ国民はどうなっていたか。本来なら議会が戦争を承認したのだから、止めるのだって議会で決めるべきなのに、当時の日本人は始めた時は「いけいけドンドン」だったのに、負けが込み始めると皆で知らん顔・・・天皇が「止めろ。」と言うまで誰も止めようとしなかった。
 つまり天皇は国民の命を救ったわけである・・・にも関わらず戦後は「戦争責任は天皇にある」だとか「天皇制廃止」などと言う人達が出てきた。これほど恩知らずな行為も無いだろう。自分達で始めた(議会制民主主義の国の国民とその議会)戦争を、自分達で決着つけられなくなって、その後始末を天皇がした。これは一時的にせよ独裁国家ということになるのだから、奥の手も奥の手、緊急避難措置。それをしなくてはならなくなったのは、そのままでは国が滅びてしまうから生存権(一々明記する必要の無い、人間が生まれながらにして持っている当然の権利)の行使「緊急避難措置」として発動した。日本の「君臨すれども統治せず」といった所謂「天皇制」が強引ながらも瀬戸際で上手く機能した典型である。もしこの国に天皇が無かったら・・・誰があの戦争を止められただろうか。
 あの戦争は天皇が「やれ。」と言ったものではない。国民(世論)が「いけー!」と始めたもの。それが負けが込みだすと誰も責任とろうとしなかった。あの戦争は国民によって任された議会が決めた事である・・・議会が国政を決定する場なのに、その議会が何も決められず・・・・そのままでは滅びてしまう・・・でも誰もそれを止めようとしなかった。それを天皇が「もう止めなさい。」と言ったから止めたんですよね。それで「あーやっと戦争は終わった。」となった。皆大喜びした。それをアメリカ様様と言う人がいるけど、天皇様様と言っても差し支えないのである。しかしその事を言う人は殆ど見かけない。
 日本がホントに議会制民主主義の国ならば、戦争止めるにしても本来は議会がそれをしなくてはいけないんですよ。でもそれを議会が何時までたってもやりそうにないから天皇が「もう止めにしなさい。」と言った。この事の重要性があまり認識されてないでしょ、今の日本人の間には。命の恩人なんですけどネェ。


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この記事は2006/9/24に作成しました。

【小室 直樹の経歴】
1932年生まれ。 

1955年、京都大学卒業。大阪大学大学院経済学研究科進学し、理論経済学を研究する。

1959年、阪大大学院博士課程を中退し、フルブライト留学生としてアメリカのミシガン大学大学院に留学。
同大で1年間学んだ後マサチューセッツ工科大学とハーバード大学の奨学金を得て理論経済学を学ぶ。

心理学を学ぶことが、社会学や政治学の理論化に有益であると考え、
1年後に再びミシガン大で社会学、政治学、心理学、文化人類学を学ぶ。

1962年帰国し、1963年、東京大学大学院法学政治学研究科進学。
社会学、社会人類学、法社会学、計量政治学を学ぶ。金がなくて、近くの小学校で夜勤の用務員のアルバイトもした。

1972年、東大から「選挙区の特性分析」で法学博士号取得。

ボランティアで自主ゼミナール(小室ゼミ)を開講。
小室ゼミ出身の研究者として、橋爪大三郎・宮台真司などが、また評論家として副島隆彦がいる。

『ソビエト帝国の崩壊』『ソビエト帝国の最期』など、ソ連の崩壊と、その過程を10年以上も前から予言していた。

現在は、現代政治研究所所長。




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